» モンテプルチャーノ近郊の町
Profile
    ホテル
    Last Minute
    予約フォーム
    地図

District
    Montepulciano
    モンテプルチャーノ近郊の町
    テルメ - Thermal baths
    ヴィーノ・ノービレのワイン街道を行く
    ワインと郷土料理
    役に立つ電話番号
    Link


Events


News


Home Page


モンテプルチャーノホテル協会ではイタリア国内外を問わず最も重要な分野であるワインや郷土料理、風景、芸術を背景に仕事を行っています。実際、モンテプルチャーノはオルチャ渓谷、キアーナの谷、クレーテセネージの一部を含む南シエナの中心に位置し、モンテプルチャーノに宿泊する人はわずかな時間で主要な芸術の町である、シエナやフィレンツェ、コルトーナ、ピエンツァ、モンタルチーノ、サン・クイリコ、オルヴィエート、また、トラジメーノ湖やモンテプルチャーノ湖、キウージにあるエトルリア時代の墳墓に行くことができます。

ピエンツァ -PIENZA

町は素晴らしいオルチャの谷を見下ろす丘の上に立っており、のちの教皇エネア・シルビオ・ピッコローミニは、1405年ここで生まれました。彼が教皇ピオ2世ピッコローミニ(Papa Pio II Piccolomini)となった時、この村を完璧な理想都市(ユートピア)にする計画を立て、ベルナルド・ロッセリーノ(Berunarudo Rossellino)に設計を依頼しました。 町全体は宝石のようで、特にジョバンニ・ディ・パオロ(Giovanni di Paolo)、マッテオ・ディ・ジョバンニ・デル・ヴェッキエッタ(Matteo di Giovanni del Vecchietta)、サーノ・ディ・ピエトロ(Sano di Pietro)の作品を集めた大聖堂は見る価値が大いにあり、建築家ロッセリーノ(Rossellino)によるものと思われる大理石の祭壇があります。
大聖堂の隣にはシエナ派ソドマ(Sodoma)、サーノ・ディ・ピエトロの絵画、1400~1500年代のフランドル地方の布製の壁掛けを鑑賞することができる“Museo Diocesano”(教区教会美術館)があり、すぐそばにはブロンズィーノ(Bronzino)とベッカフーミ(Beccafumi)のデザインによる建築物、すばらしいピッコローミニ宮(P.piccolomini)があります。町から下に広がるパノラマにはカランコと呼ばれるくぼみ、起伏に富んだ田園風景、この地方特有の粘土質の土で出来た小さな丘を持つヴァル・ドルチャ芸術自然文化公園(Parco Artistico Naturale e Culturare della Val d‘Orcia)があります。
サン・クイリコ -SAN QUIRICO

町の起源はエトルリア時代にさかのぼり、重要なフランス街道(Via Franchigena)のおかげで発展を遂げました。1154年バルバロッサ皇帝(Fedrico Barbarossa)が教皇アドリアーノ4世(papa Adriano IV)の大使をここサン・クイリコに置くことを認め、このことを記念して毎年6月の第三日曜日には“Festa del Barbarossa”(バルバロッサ祭り)が開催されています。 1167年には皇帝の代官が置かれ、1559年にはフィレンツェのメディチ家コジモ1世(Cosimo I de’ Medici)の手にわたりました。 サン・クイリコの教区教会は3つの扉を持つロマネスク様式の建築物で、そのなかの南向きの1つはジョバンニ・ピサノ(Giovanni Pisano)によるものと考えられ、内部にはサーノ・ディ・ピエトロ(Sano di Pietro)の祭壇画と1432~1502年に作られた木製の聖職者用の椅子を見ることができます。 キジ宮(P. Chigi)は17世紀に建てられました。“Horti Leonini”(16世紀)はイタリア庭園の初期のモデルのうちの1つで、8~10月にかけては彫刻展覧会“Forma nel Verde”が開催されます。サンタマリア教会(Santa Maria Assunta)はキリスト教以前の教会跡に建てられたものと考えられ、サン・フランチェスコ教会(Chiesa di S.Francesco)内部には多色使いの木製の2つの像が保管されています。 ローマ時代から続くバーニョ・ヴィニョーニ(Bagno Vignoni)の集落には50℃以上の良質の湯が湧き出ることでよく知られ、町の中心にある“Vascone”(大きな浴槽)へと注いでいます。シエナの聖カテリーナ(S.Caterina da Siena)はその脇の回廊の小さな聖域を献納しました。 ヴィニョーニ城は集落を見下ろすようにそびえ立ち、そこへはバーニョ・ヴィニョーニから、サン・クイリコから自然街道を辿って来ることができます。
モンタルチーノ - MONTALCINO

モンタルチーノはオルチャ、アルビア、オンブローネの谷を見晴らす丘の上(海抜564㍍)に位置している町で、見どころがたくさんあります。素晴らしいパノラマ、中世の建築物はもとより、紋章で飾られた荘厳な館とその上に立つ塔を持つ市庁舎の元の姿は修道院でした。記念建造物の長い回廊からゴシック様式のアーケードそして新古典主義様式の大聖堂に続くすべての区域は14~15世紀のものです。10世紀の教会跡に建てられた大聖堂の内部にはカペッラ・デル・バッティステロ(Capella del Battistero)による彫刻が良い状態で保存され、14世紀の教会跡にマドンナ・デル・ソッコルソ教会(madonna del Soccorso)が建てられたのが16世紀でした。ゴシック、ロマネスク様式を併せ持ったサンタゴスティーノ教会(S.Agostino)、14世紀初期に建てられたサンテジーディオ教会(S.Egidio)、四角形の塔を持つサン・フランチェスコ教会などがあります。 “Museo Civico”(市民博物館)には“Madonna col bambino”(聖母マリアと子供)、“i SS.Giovanni e Pietro”(サン・ジョバンニとサン・ピエトロ)の1507年のテラコッタの像が、考古学博物館には旧石器、新石器時代の青銅、鉄製品、骨壷、エトルリア時代の壷などの出土品が並び、”Museo Diocesiano”(教区教会美術館)には8世紀初期のロマネスク様式の十字架キリスト像、ルーカ・ディ・トンメ(Luca di Tomnè)による祭壇画の一部、シエナ派ドゥッチョ(Duccio)の“Madonna col bambino”(聖母と子供)を見ることができます。
コルトーナ - CORTONA

コルトーナは主な12のエトルリアの町のうちのひとつでした。町を囲む城壁は中世から変わることなく、今日もその姿を見ることが出来ます。コルトーナの建築物の一般的な特徴はいくつかの美しいルネッサンスの建築物を除けば中世時代のもので、細く急な坂道なども魅力のひとつです。小高い丘の上に位置するコルトーナからはどこからでもキアーナの谷の素晴らしい眺めを楽しむことができます。 “Museo dell’Accademia Etrusca”(エトルリア・アカデミー博物館)では、エトルリア時代の美術品の中で最も有名な青銅製品のひとつであるコルトーナの「エトルリアランプ」、そしてローマ時代の古い画法で描かれた“Musa Polimnia”など各時代の素晴らしい作品を見ることができます。 “MUseo diocesano”(教会美術館)ではコルトーナ出身の偉大な画家ルカシニョレッリ(Luca Signorelli)の作品はもとより、ベアート・アンジェリコ(Beato Angelico)の素晴らしい作品のひとつである“Annunciazioni”(受胎告知)などを見ることが出来ます。他に2つの有名なサン・フランチェスコ教会、サン・ドメニコ教会(S.Domenico)、ルネッサンス様式のファサードを持つ中世の建物、価値ある素晴らしい美術品が収められたルネッサンス時代からの教会、サン・ニッコロ(S.Niccolò)とマリアヌオーヴァ(S.Maria Nuova)があります。 町の外には“Tanella di Pitagora”(ピタゴラスの巣)と呼ばれる紀元前2世紀のエトルリアの墓、ソードには紀元前7世紀のエトルリアの地下墳墓、メテリアーノにはロマネスク様式のサンタンジェロ教会(S.Angelo)、カルチナイオには15世紀に建てられたサンタ・マリア・グラツィエ教会(S.Maria Grazie)、サン・フランチェスコが創設したチェッレ修道院(Il convento delle celle)はこの地域で最も魅力的な場所のひとつです。 町の中心から丘の上にそびえ立つサンタ・マルゲリータ教会(S.Marghelita)の間を長い階段“Via Crucis”(セベリーニの十字架街道・1900年)が続き、さらにその上からは”Fortezza del girifalco”(ジリファルコ要塞)が町を見下ろしています。
キャンチャーノ - CHIANCIANO

キャンチャーノは海抜550㍍に位置し、トスカーナの典型的な風景の残るオルチャ、キアーナの谷の間をナラ、ブナ、樫、栗などの森が覆っています。城壁や大修道院を見ることもでき、地理的、気候的条件にも恵まれています。 また、イタリアの主な温泉地のうちのひとつでもあり、おそらくエトルリア・ローマ時代には居住地として既に生活がありました。それを証明する主なものとしてメッゾミリオに掘られた大きな温泉を引く水路の発見があります。他にも多くのエトルリア・ローマ時代の出土品が近年発見され、それらのうちのいくつかは“Dalle Aque”(考古学博物館)で見ることができます。 温泉保養地はローマ・ルネッサンスの小さな名品が収められた中世の町並みが残る歴史地区に隣接しています。シエナ派ドゥッチョ、フィレンツェ派アルノルフォ・ディ・カンビオ(Arnolfo di Cambio)などのいくつかの画家の作品は”P. Arcipretura”(アルチプレトゥーラ宮)にある”Museo di Arte Scara”(宗教美術館)で目にすることができます。
キウージ - CHIUSI

エトルリア時代に既に重要な町であったキウージは伝説上の皇帝ポルセ-ナの黄金時代をも経たと言われています。現在も引き続き発掘されている考古学上重要な出土品は”Museo Archeologico Nazionale Etrusco”(国立エトルリア考古学博物館)で見ることができます。その正面にある大聖堂は12世紀にすでに存在しており、1585年に現在の姿に改築されました。すぐ近くには1930年代に設立された”Museo della Cattedorale”(大聖堂博物館)があり、ミサに使われていた装飾を施された貴重な書物が保存されています。 この地域では他にPellegrina、Simmia、Leone、Paliaと呼ばれるエトルリアの墓も見つかっています。 この地でキリスト教が急速に広まった証拠として、カテリーナ教会(S.Caterina)、サンタ・ムスティオーラ教会(S.Mustola)のカタコンベがあり、さらに“Labirinto di Porsenna”(ポルセンナの迷宮)と呼ばれる複雑に入り組んだ地下道は約二千年前に起源を持つ“Cistema”(大井戸)へと続いています。そして谷と町との間に位置する静かなキウージ湖ではスポーツフィッシングやバードウォッチングが楽しめます。これらの遺跡や美しい自然のため、キウージは観光に適した町へと知られつつあります。
カステリオン・デル・ラーゴ - CASTIGLIONE DEL LAGO

エトルリアの時代からあったカステリオン・デル・ラーゴはキウージの支配下でした。この地域は農業、特に小麦に適しており、また多くの考古学の出土品が散在しています。トスカーナのランゴバルト族の領土との境界地域であった湖の岬にはペルージャのビザンチン族が巨大な砦(Rocca del Leone)を築きました。その後領地はアレッツォやコルトーナによって争われ、最終的にはペルージャの支配下となりました。 1617年に町は教皇の支配化に置かれ、その後公国へとその地位を上げ、それは1648年まで続きました。砦は1247年、エリアコッピ修道士によって実現されたもので、形体は五角形、四つの角には正方形、1つには三角形の塔が立っています。コルニャ宮(P.Corgna)は建築家ヴィニョーラ(Vignola)によるものでバニョーリ(Vagnori)の家、すでにあった城壁の跡に建てられました。宮殿と砦の間は立派な連絡壕によって繋がれていて、この地域が封建的であったことを特徴付けています。 建物内部には広範囲にわたり“Il Pomarancio”と呼ばれたニッコロ・クシニャーニ(Niccolo Circignani)によって1574年に描き始められた重要な絵画“Sala della Gesta di Ascanio della Corgna”と“Sala del Giudizio di Paride”、“Sala della Caduta di Fetonte”があり、そしてポマランチョ(Pomarancio)とジョバンニ・アントニオ・パンドルフィ(Giovanni Antonio Pandolfi)によって描かれた“Stanza dell Eneide”のフレスコ画があります。
by Associazione Albergatori Montepulciano - all right reserved 2001-2010
P.IVA 00679120527 - info@montepulcianohotels.it